Mag-log in室内はしんと静まり返り、呼吸だけが聞こえていた。弥生は瑛介の胸元に近い位置に身を横たえ、腕にぴたりと寄り添っていたので、彼の心臓の音が一つひとつはっきりと耳に届いた。その鼓動が自分の胸にも響くように感じられる。しばらくその音に身を委ねているうちに、弥生の瞼は重くなり、やがて静かに閉じられた。そして彼に寄り添ったまま、すぐに眠りへと落ちていった。瑛介は彼女の呼吸が次第に穏やかになり、眠りに入ったことを悟った。小さく息を吐き、大きな手で弥生をさらに抱き寄せた。これ以上近づけないほど近くに。胸の奥にあった不安と空虚が、ようやく満たされていく。彼女を救い出し、こうしてそばに置くことができた。それでもこの日々、瑛介の心には常に不安が残っていた。眠ることすら満足にできず、弥生が目を閉じているときには、自分もずっと眠らずに彼女を見守っていた。目を開けた瞬間、彼女を救い出せたのはただの夢で、すべてが消えてしまうのではないかという恐怖に取り憑かれていたのだ。だからこの間、まともに眠れたことなどなかった。今はこうして彼女を抱きしめ、その柔らかさを感じ、呼吸を聞き、胸元には彼女の吐息まで伝わっている。すべてが確かに「現実」のはずなのに、それでも瑛介はどこかで怯えていた。もし本当に現実なら、なぜこんなにも順調にことが運んだのか。もし夢なら、目を覚ますべきか、それとも甘美な幻に浸り続けるべきかと答えを出せずにいた。彼はただ、静かに弥生を抱きしめていた。どれほど時間が経っただろうか。やがて、弥生が小さく寝言を漏らし、腕の中でわずかに身じろぎした。常に覚醒していた瑛介はすぐに顔を下げ、異変かと思って確かめた。しかし彼女はただ二度三度身をくねらせたあと、彼の腰に両腕をぎゅっと回し、さらに深く抱きついてきた。そしてまた静かな寝息に戻った。夢を見ているだけだと気づいた瞬間、瑛介の唇には自然と笑みが浮かんだ。昼間は二人の子どもに嫉妬し、彼女の心の中で自分より大きな存在になっている気がして苦しかった。今こうして彼女が無意識のまま抱きついてくるのを感じて、満足した。まあ、いい。何がどうあろうと、彼女と二人の子どもは自分にとって永遠に最も大切な存在だ。そう思えたことで、瑛介の気持ちは穏やかになり、知らぬ
瑛介が二人の子どもを祖父母に任せるのをためらっていたのは、やはり心配だったからだ。安全面でも、二人はもう年を取っているし、もし弘次のほうでまた卑劣な手を使ってくる可能性だってある。、何かあったら大変だからだ。そうした事情を考えたうえで、彼はここに長く留まらないつもりだった。せいぜい二、三日で戻る予定だった。弥生も頷き、この時期は長期休みの時期ではないことを理解した。「わかった。そのときは一緒に帰りましょう」弥生はすでにどこか疲れた様子で、ベッドの端にもたれ、まぶたは重そうに落ちている。瑛介はそんな彼女を見て声をかけた。「もう遅いし、休もう?」そう言って布団をめくり、弥生を横にさせ、きちんと掛け布団を整えてやった。この季節の布団の中は、かなり冷え込んでいる。弥生は寝るときに瑛介が掛けてくれたコートを脱いでしまったせいで、布団に潜り込んだ途端、思わず身震いした。「寒い......」無意識に声が漏れた。それを見た瑛介は、自分も布団に入り込んだ。「僕の体はあったかい。くっついて寝ようか?」そう言って彼女を抱こうと身体を傾けかけたが、弥生が慌てて制した。「動かないで!」彼の動きはその一言で止まった。「どうした?」「あなた、怪我してるでしょ。横向きになったら傷に負担がかかるわ」弥生は真剣な顔でそう言った。言われて初めて瑛介も思い出し、うなずいた。「なるほど。わかった」そう言って横になったまま手を伸ばした。「じゃあ、君のほうから寄ってきて」「私が?なんで?」「寒いんだろ?」瑛介は小さく笑った。「僕は温かい」弥生は最初こそためらったが、言葉に押されるようにゆっくりと身を寄せ、腕を回して抱きついた。まさしく彼の言葉どおり、瑛介の体は本当に温もりに満ちていた。弥生はぴたりとくっついた瞬間、彼の体温が絶え間なく自分に流れ込むのを感じ、妙に懐かしい気持ちにとらわれた。まるで以前にも同じようにしていたことがあるかのように。いくつかの断片的な映像が頭に浮かんだ。ベッドで抱き合って眠る自分たち。服を着ているときもあれば、彼に背後から抱かれて眠っている姿もあった。そして、裸で抱き合っている記憶のようなものまで......艶やかな光景に、弥生の頬はさらに熱を帯びた。
弥生が黙ったままでいると、瑛介は問いかけた。「やっぱり僕なんて必要ないってことか? それなら今すぐ荷物をまとめて、明日には帰る?」その言葉に、弥生は赤い唇をかすかに噛み、動かずにいた。瑛介は彼女が反応しないのを見て、腰に回していた手を放し、本当に荷物をまとめに行こうとする素振りを見せた。もちろん弥生にはわかっていた。さっきの言葉も、いまの動作も、全部彼の芝居にすぎない。自分に「止めてほしい」と思わせるための動きだ。理解していたからこそ、黙って見ているのもできたはずなのに......彼女は結局、衝動に勝てず、彼が背を向けた瞬間にそっとその衣の裾をつかんでいた。力は本当に弱く、彼にとってはほとんど感じ取れない程度の抵抗だった。その気になれば、まるで無視できるくらいのものだった。でも瑛介は、そのわずかな力を感じ取った途端にぴたりと足を止めた。「今すぐ荷物をまとめるなんて......おかしいでしょ?」と弥生はかろうじて声を絞り出した。「じゃあ、いつにすればいい? 君が時間を決めてくれ」まっすぐな視線を向けられ、弥生は軽く咳払いして答えた。「それは......今言うことじゃないでしょ。第一、あなたはまだ怪我してるのよ。無理をしたらだめ。出発するにしても、傷が治ってからよ」その言葉に、瑛介は思わず片眉を上げた。「つまり僕の怪我が治らない限り、ここで養生し続けてもいいってこと?」弥生は反射的に頷いてしまった。だが次の瞬間、彼の言葉に違和感を覚え、はっとして彼を見た。「まさか......あなた、ここに残るためにわざと治さないつもりじゃ?」瑛介は口元をゆるめた。「僕がそんな人間に見えるか?」弥生は言葉を詰まらせた。彼は否定もしなければ肯定もしない。ただ「君の目にはどう映っている?」と問い返しただけ。だとしたら、本当に......そう考えた瞬間、弥生の眉はきゅっと寄せられた。「もしそんなことをしたら、私はもう二度と口をきかないから」そう言って、彼女はそっぽを向き、ベッドへ歩いて腰を下ろした。瑛介は最初、彼女をからかって、少しでも「自分を気にかけてほしい」と思っただけだった。だが結果は逆で、彼女を本気で怒らせてしまった。慌てて彼は後を追い、謝った。「悪かった。絶
「風呂上がりでそんなに薄着じゃだめだ」瑛介のコートに包まれた弥生は、一瞬で外の冷気から守られた。湯上がりの彼女の瞳はきらきらと輝き、白い頬はほんのり赤く染まり、まるで皮をむくのを待つ桃のように艶やかで、ひときわ魅力的に見えた。「タンスの中にあったのが秋物のパジャマだけで......寝るときはこれでいいかと思ったの」瑛介はコートを着せたまま彼女をベッドに連れて行き、言った。「明日おばあちゃんたちとマルシェに行くんだろ。そのときに厚手のパジャマを何着か買えばいい」パジャマを買う?確かに、ここへ来るときは荷物をほとんど持ってこなかった。重いのもあったし、瑛介は「足りないものはこっちで買えばいい」と言っていた。だがそう聞いて、弥生は思わず尋ねた。「私たち、ここに長く住むつもりなの?」その問いに、瑛介は一瞬黙り、そして答えた。「君次第だ。ここが気に入らないなら、帰ればいい」弥生は少し考えた。嫌いではない。でも特に「ここにいたい」と思う場所でもない。もし行きたい場所があるとすれば、それは子どもたちのそば......今回ここへ来たのも、子どもがいると聞いたからで、ただ会いたかった、そばにいたかった。そう思って、弥生は言った。「好きとか嫌いとかじゃなくて、二人の子ども次第かな」その言葉に、瑛介ははっとした。そうだ、彼女はもともと子どものために来たのだ。もし子どもがいなければ、彼女は来ることもなかっただろう。深く考える必要はないのに、瑛介はつい別のことを思ってしまう。彼女は子どもさえいれば満足で、自分のことは眼中にないのではないか。そんなふうに考えるのは間違いだとわかっていても、どうしても心はその方向へ傾いてしまう。「でも、おばあちゃんは二人のことをとても気に入ってるみたいだし。前に母さんとも話したけど、夏休みや冬休みには子どもたちをこっちに来させようと思ってる。だから、子どもがいる間だけ私たちも滞在することになるんじゃないかしら」落ち込んでいた瑛介も、その言葉を聞いて希望がよみがえった。「君が決めればいい。ここで一緒に過ごしたいなら一緒に過ごすし、君が喜ぶならそれでいい」と言った。「じゃあ、あなたは?」弥生は顔を上げて彼を見つめた。「僕?」瑛介は唇の端をわずかに上げ、
瑛介はいろいろな可能性を考えた。例えば、自分が彼女に話さなかったから怒っているのかもしれない。あるいは、自分が何か余計なことを言ってしまって彼女を不快にさせたのかもしれない。だが、まさか彼女が自分を責めているなんて、夢にも思わなかった。目尻にまた涙がにじみ、それを必死に抑える弥生の姿に、瑛介の胸は締め付けられるように痛んだ。もう余計なことを考える暇もなく、彼はすぐに彼女を強く抱き寄せた。「バカだな、どうして自分を責めるんだ?」弥生は彼の胸に寄りかかり、そっと瞬きをした。「これで言うべきことは言ったわ......だから、少し一人になってもいい?」瑛介は一瞬固まった。本当は放したくなかったが、彼女が一人になりたいと強く望んでいる以上、これ以上そばにいるのは逆に負担になるかもしれない。ひとまず風呂に入って気持ちを落ち着けてもらってから話せばいいと考え、彼は腕をゆるめた。「わかった。じゃあ先に風呂に入ってきて。僕は寝室で待ってる」あまりに真剣な空気の中で、不意にそんなことを言われ、弥生は重たい気持ちが一瞬ふっとんだ。寝室で待ってる?もちろん、深い意味はない。それでも弥生は、思わず変な方向に考えてしまった。彼女は瑛介を軽く押して、早く出て行くよう合図した。瑛介は彼女が勘違いしていることも、自分の発言が妙に響いてしまったことも気づかず、大人しく部屋を出ていった。彼がいなくなると、弥生は浴室の扉を閉め、背中をもたせかけてゆっくりと目を閉じた。ようやく一人になれた。記憶を失って彼に救われて以来、すべて知らないことばかりだったが、不思議と受け入れることができた。彼のそばにいるのも嫌いではなかった。ただ、やはり一緒にいるにはある程度の工夫がいる。いや、工夫というより、ここしばらく起きた出来事があまりに多く、心が落ち着かないだけかもしれない。弥生が風呂から出てきたのは、ほぼ三十分後だった。その間、瑛介はずっとベッドのそばで待っていた。最初の十分は静かに座っていられたが、やがて時間が気になり、携帯を手にして時計を見た。入浴は長いものだな。そう自分に言い聞かせ、彼は携帯を置き、催促するのをやめた。二十分経っても物音がしないと、唇をかすかに引き結び、風呂場に様子を見に行きたく
そう考えた瑛介は、思わず問いかけた。「どうしたんだ?」だが弥生は、まるで耳に入っていないかのように首を振り、黙々と傷の手当を続けた。彼女の手際は驚くほど速く、あっという間に二か所の傷口に薬を塗り終え、包帯を用意して巻き始めた。その間、瑛介は何度か話しかけようとしたが、隙を見つけられなかった。言われるままに腕を上げ、包帯の端を押さえ、従順に座っているだけ。普段はたくましく立ち回る彼が、今はまるで馴らされた動物のように頭を垂らし、優しい眼差しで弥生を見守っていた。やがて弥生が包帯を巻き終え、「終わった」と告げ、片付けを始めた。瑛介は彼女がかがんで整理する後ろ姿を見つめ、唇をきゅっと結んだまま、ゆっくりと近づいた。「片付けはいい。君はもう風呂に入ってきなさい」弥生は答えず、黙々と手を動かしていた。瑛介はついにしゃがみ込み、彼女の手首を握った。「弥生!」声は少し強く、握る手にも力がこもっていた。弥生は振りほどけず、深く息を吸い込んだ。「わかったわ。じゃあ放して、今すぐ行くから」「さっきまで平気だったのに、急にどうしたんだ?」包帯を巻いていたときは心配そうにしていたのに、今は明らかに距離を取ろうとしている。「なんでもないの」弥生は小さく首を振り、静かに言った。「先に休んで。私はお風呂に入ってくる」そう言って衣服を手に取り、浴室へ入った。ドアを閉めようとしたその瞬間、瑛介が後を追ってきて、手をかけて押し止めた。弥生は思わず眉をひそめた。「これからお風呂に入るの。何か用なの?」「君は感情を抱え込んでいるだろう? はっきり話そう」「いい」弥生は反射的に否定した。「考えすぎよ」「さっきまで泣いていたのに、その次の瞬間には何事もなかったように包帯を巻いて......その気持ちはどこへ行ったんだ?」話さなければ、すべてを自分の中に閉じ込めてしまう。それがどうなるかはわからない。だが、彼には放っておくことなどできなかった。それでも弥生は答えを避け、「今はお風呂に入りたいの」とだけ言った。再びドアを閉めようとすると、瑛介は力を込めて押しとどめ、眉をひそめた。「はっきり言わない限り、僕は帰らないぞ。中に入らなくてもいいが......この手は包帯を巻いたばかりだ。もし君







